Saturday, February 16, 2013

40代後半から免疫力低下 健康なうちに始める湯治 札幌国際大学観光学部教授 松田忠徳氏

「温泉」というと旅館に1泊2日宿泊して楽しむものと思うシニア層が多いのではないだろうか。しかし、身体の免疫力を高めるような目的で温泉につかろうとするならば、2泊以上の滞在が望ましい。温泉教授として知られる札幌国際大学観光学部の松田忠徳教授は「これからは、できれば1週間の休みを取って湯治を楽しみましょう」と提案する。

■江戸時代には「箱根で1カ月湯治」の習慣

――江戸時代には温泉地で長い期間過ごし、身体を癒やす「湯治」がブームだったそうですね。

松田 現代の日本人は時間に追われる生活をずっと続けていますが、江戸時代にはもっとゆっくり過ごしていました。江戸っ子は1カ月休みを取って、箱根で湯治をしていました。往復、歩いて4、5日。箱根湯本から一番奥の芦之湯までの“箱根七湯”を、3週間くらいかけて順番に巡っていたのです。

――いろいろな温泉を巡るのですか。豪華ですね。

松田 そういう余裕が日本人にはありました。「湯治」は日本人の文化的なDNAにしっかり記憶されていると思うのですが、現代の日本人は忙しくて、なかなか湯治に行こうという踏ん切りがつかないようです。フランス人が1カ月もバカンスを取るようになったのは近年になってからですが、我々日本人は、約400年前の江戸時代から1カ月の休みを取って湯治に行っていたわけです。世界でも最もぜいたくな過ごし方ではないでしょうか。そういう習慣が日本人にあったということはぜひ、知っておいてほしいです。

■温泉のない生活考えられない

――だいたいが1泊2日ですね。そして、最近でこそ、個人で温泉に行って、ゆっくり湯につかるのが主流になってきましたが、高度成長のときは団体旅行で温泉に行くことが多く、温泉をゆっくり楽しむ間もなく、宴会場に向かっていました。

松田 それで旅館の風呂場も必要以上に大きくなりました。

――松田さんは、いつごろから温泉に興味を持たれ始めたのですか。

松田 2008年に「洞爺湖サミット」が開かれた北海道の洞爺湖温泉が私の産湯です。混浴の共同浴場に入りながら育ちました。

――もうどのくらいの数の温泉に入られているのですか。

松田 温泉の数で言うと4700カ所以上に入りました。いまは札幌市の郊外にある定山渓温泉のすぐ近くに住んでいます。温泉のない生活は全く考えられません。

――小グループの温泉旅行が主流になり、泉質に注目が集まり始めるなかで、温泉の偽装問題が起きました。2004年6月に長野県の白骨温泉で、一部の旅館が入浴剤を入れて温泉を白濁させていたということが明るみに出ました。同年8月には群馬県の伊香保温泉の一部の旅館が水道水を温泉と偽って営業していたことも明らかになりました。松田さんは、温泉を「ホンモノ」「ニセモノ」「マガイモノ」と区別していますね。

松田 温泉偽装問題が起こったのは夏休み中だったので対応できましたが、海外も含め、80件くらいの取材を受けました。

温泉は生ものなんです。温泉が生まれるのは地下数キロから数十キロのところです。地下に浸透した雨水が密閉状態で5万気圧にもなるところで、マグマだまりの1000度前後の熱で温められて、地表に湧出してきます。生ものにとって一番困るのは空気に触れ酸化することです。魚を釣って放置しておくと腐っていくのと一緒で、温泉が酸化すると成分が老化します。ホンモノの温泉とは常に湧き出ていて新しいお湯が浴槽からあふれ出ている状態にある温泉です。温泉の生命線は鮮度なんです。

日本には温泉法があります。温泉法上は「温泉」と認められるものでも、浴槽のお湯を抜かないで置いておくと菌が増えるので、塩素系の薬剤を入れて殺菌します。すると温泉は酸化、つまりサビた状態になります。またお湯を循環して使うことも多いのですが、私はこうした「温泉」をマガイモノと呼んでいます。温泉法上は「温泉」でも鮮度がなくなった酸化された「温泉」です。

ニセモノというのは温泉法でも「温泉」と認められないものです。

ホンモノの温泉は「源泉(100%)・かけ流し」といわれます。この言葉は若い人たちや本物志向の人たちの間で、市民権を得ました。この4、5年は女性たちが「源泉・かけ流し」に非常に敏感に反応するようになりました。

――温泉偽装問題の後から、温泉地では加温・加水しているか、循環装置を使っているか、入浴剤を入れているかなどをきちんと表示するようになりましたね。

松田 2005年から温泉法施行規則が改正され、そうした項目の掲示が義務づけられました。

――ホンモノの温泉と言う場合、ある程度の加温、加水は許されるのですか。

松田 冷泉などを加温することはあります。それをかけ流しで使うならばホンモノの温泉ではないでしょうか。加水も源泉が入浴できる温度でない場合などは、20%くらいの加水ならば許されるのではないでしょうか。同じお湯を循環させて何度も使いまわすのは、お湯が酸化されていきますから、ホンモノの温泉とは言えないでしょう。

地下から湧き出る温泉は還元力があります。還元とはサビを取ってぴかぴかにすることです。還元力のある温泉につかれば、皮膚も若返ってきます。

■秀吉や家康も温泉好きだった

――そうした温泉につかるということが江戸時代から、ブームになっていたということですが、当時は時の武将も湯治に注目していたそうですね。

松田 歴史上有名なのは豊臣秀吉です。記録に残っているだけで、いくさの前後に9回有馬温泉を訪ねています。織田信長を招きたいと道路を普請するのですが、本能寺の変で実現しませんでした。

秀吉はねねにも湯治を勧めます。ねねに手紙を送って、自分も一緒に行きたいけれど、忙しすぎて行けないとわびて、温泉の入り方を細かく指導しています。

徳川家康も征夷大将軍になった翌年の慶長9(1604)年、義直、頼宣の2人の子供を連れて、1週間熱海で湯治します。これが熱海の湯が天下に知れ渡るきっかけになりました。それまでは源頼朝と北条政子がよくあいびきしたといわれる伊豆山温泉の方が有名でした。熱海は、諸大名が参勤交代のたびに立ち寄るのでどんどん有名になっていきました。

――温泉のブランドマーケティングをしたのは武将なんですね。

松田 武田信玄や上杉謙信も隠し湯を持っていましたが、それらは部下たちを入れる温泉でした。例えば越後湯沢の貝掛温泉は目にいいといわれています。このほか刀傷にいいとか、疲労を早く回復させるとか、いろいろな隠し湯があります。いわば野戦病院です。

日本は陸軍が有名な温泉の施設を接収して傷をいやすために利用していました。第2次世界大戦後は米軍がそれを知って、やはり別府温泉などいくつかの温泉の施設を接収しています。

■40代過ぎると免疫力が急低下

――会社を定年退職した後は、時間もできますから、湯治が可能ですね。

松田 40代も半ばを過ぎると急激に免疫力が衰えますから、それを高めるためにも湯治はお勧めです。湯治は、傷や病を治すだけでなく、病気の予防にはさらに有効ですから。

――現代でも湯治が楽しめる場所は多いのですか。

松田 たくさんあります。特に東北にはよい湯治場があります。例えば秋田県の玉川温泉、青森県の酸ヶ湯は有名です。山形県の肘折温泉では、朝5時くらいから市が立って、いろいろな旬な食材が並びます。西日本では、山口県の俵山温泉がいいですね。25軒ぐらいの湯治の宿があって、2軒の外湯に入る昔ながらの湯治場です。

――こういった宿でゆっくり過ごせば免疫力は高まりそうですね。

松田 いくら医学が進んでも、我々の体は江戸時代とそう変わっていない。ですから、こうした伝統的な湯治が、もう少し、広まればと思います。

一般の温泉地でも、例えば別府温泉のなかには鉄輪地区があり、湯治の宿がたくさんあります。素泊まりならば2000~3000円で泊まれます。そこで1週間滞在しながら近くの湯布院に行ったり、九州全域の温泉を車で回ったりもできます。

――温泉と言うと1泊2日で高い旅館に泊まるイメージがあるのですが、実は年金生活でも行ける宿はたくさんあるんですね。

松田 岩手県花巻市にある宮沢賢治ゆかりの大沢温泉、あるいはすぐ近くの鉛温泉には、10年も20年も湯治をしている年金生活の夫婦がいらっしゃいます。1カ月に1回くらい自宅に様子を見に帰るくらいです。お湯三昧で体にいいし、仲間もいるので、お2人はいつもほがらかです。

■既存の温泉地、湯治対応は不十分

――超高齢社会になって時間のある高齢者は増えているのですから、既存の温泉地も湯治対応をしてもよさそうですね。

松田 温泉地の多くは対応できていません。少子・高齢化で旅行する人は1990年代から減ってきています。そして、週末しか客が泊まらない。いままで100万人来ていた温泉地を訪れる客が50万人に減ったのならば、連泊をさせればいいわけです。ですから滞在型を目指すべきです。

日本に来るアジアからの観光客のほとんどは、温泉が目当てです。日本の温泉は世界的なブランドなんです。日本の温泉に求められているのは小粒でもいいから、レベルの高い温泉です。お湯のレベル、環境のレベル、食材のレベルが高い温泉地が求められています。

さらに、日本には湯治という滞在型のモデルがすでにあるわけです。そのシステムをきちんと構築しなおすことが重要です。

安かろう悪かろうではだめですが、いまはきれいな湯治宿が増えてきました。昔のような相部屋ではなく、個室が一般的になっていますし、1人でも泊まれます。

本当は1週間単位がいいのですが4泊、少なくとも2泊か3泊できれば、ある程度の湯治の予防医学的な効果は得られます。

■長期滞在ニーズに対応し、温泉街は面白くならないと

宿側も湯治のことを勉強をする必要があると思います。ただ、お湯や部屋だけを提供するのではなくて、世界的な健康志向、美容志向に対応できるようにしなければいけません。

かつて湯治が全盛のころは宿もいろいろなことを知っていました。いまはそうしたことが分かる人が少なくなってしまいました。

――週末の宿泊に数万円の料金を設定している旅館は、安いプランをつくることに抵抗があるのでしょうか。

松田 連泊に対応できない一番の理由は、料理を変えられないことです。2泊でメニューを変えるだけでも調理人は嫌がります。料理を変えられるようにしないとだめなんです。

それに、値段を安くしなくても、滞在型自体にニーズがあります。

中国の海南島で、世界の富裕層を狙った健康回復センターをつくる計画があります。長期滞在で健康を回復したいというニーズは確実にあるのです。

そして、1泊でしたら、宿にいるだけでいいですが、2泊、3泊する場合は、外に出たくなります。つまり地域も面白くならなければいけないわけです。連泊型が増えれば、地域の再生にもつながります。

これまでは、温泉旅館は、建物のなかにラーメン屋から土産物屋まで全部つくってしまってお客を外に出さないようにしていました。それで街が寂れてしまったのです。

――ぜひ、既存の温泉街も、長期滞在型の開かれた温泉街に変わっていってもらいたいですね。

松田 病気にならないように予防に、そこそこの時間や知恵やお金を使うほうが賢いと思います。まだ健康なうちに年に何回かプチ湯治をして自己免疫力を高めるべきなのです。必要なのは、いい環境にある高品質の温泉、温かい人々、新鮮な食材です。日本人の意識を変えたいものですね。

(ラジオNIKKEIプロデューサー 相川浩之)

[ラジオNIKKEI「集まれ!ほっとエイジ」9月12日、19日放送の番組を基に再構成]

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